時代を超えて浸透し続ける、ESTNATIONの理念体系

約7年前、2019年のコロナ禍直前——ESTNATION(エストネーション)は、創業以来の大きな転換点を迎えていました。大田さんと堀江が取り組んだのは、企業理念・価値観・行動規範の三つを定め、それを上位概念とするESTNATIONのブランドコンセプトを策定するまで、ブランドの”軸”を体系的に再構築するプロジェクト。異なる企業文化が混在する組織を前に、二人は全国を行脚し、理念を一人ひとりに語りかけました。
当時構築された理念体系は、今もなおESTNATIONの判断基準として機能し続けています。本対談では、どのように言語化を進め、組織の隅々まで浸透させていったのか。そして、その実体験が現在のブランド運営にどう活かされているのかを紐解きます。

転換期への挑戦 ——ブランドの軸を再構築する

──お二人がESTNATIONでブランドの体系化・再定義に取り組まれたのは、2019年前後とのことですが、創業から約20年が経過したタイミングで、なぜ再定義が必要だったのでしょうか?

大田さん:ESTNATIONは2000年の創業後、2010年頃のリーマンショックを機に「圧倒的多数」をスローガンに掲げた第2の創業期を迎えました。より手の届きやすい価格帯で多くのお客様に価値を提供する方針へと転換しました。しかし、サザビーリーグの体制が変わる中で、ESTNATIONが本来あるべき姿である高い価値を提供する「スペシャリティストア」へと回帰する必要性が生まれました。そこで第3の創業として、ブランドを再定義し、高い価値を提供するプライベートブランド開発にも取り組むことになりました。

ESTNATION 大田社長

堀江:リーマンショック後、ESTNATIONは「ESTNATION bis(エストネーション ビス)」というセカンドラインを立ち上げ、ルミネなどターミナル駅に積極出店をしようとしていました。ラグジュアリーブランドとして始まったESTNATIONが、一度マスマーケットへと舵を切った時期です。私が入社したのは、まさにその方針が変わろうとしていたタイミングでした。その後、大田さんが加わり、ブランドとしての本質的な価値を取り戻すための再定義プロジェクトが本格的に始動しました。高い価値のオリジナル商品を作るには、明確な指針が不可欠でした。それまでのように他ブランドの商品を仕入れて展開するだけでなく、自分たちで創造していくためには、理念・価値観・行動規範が体系的に結びついたコンセプトが必要でした。

TED 堀江

The Fashion Empire」という世界観の誕生

──ブランドの再構築を進める上で、最初に取り組むべきだったことは何だったのでしょうか?

堀江:私が大田さんより少し前にESTNATIONに参画したとき、まさに「圧倒的多数」の時期で、ブランドの指針となる言葉やコンセプトはほぼ存在しない状態でした。創業時の「Luxury(ラグジュアリー)」を謳ったブックはあったものの、それが実際の商品や店舗、働き方にはあまり反映されていない状態でした。そこで私はまず、ESTNATIONが目指すべき世界観を概念化しようと考えました。それが「The Fashion Empire(ファッションエンパイア)」です。小さな売り場で小さくまとまるのではなく、ダイナミックで大きな世界をお客様に見せる——その迫力を込めて、この言葉を最初に定義しました。

大田さん:その後、私が加わり、二人で議論を重ねる中で、コンセプトの手前にある企業理念や会社としてのあり方から定義し直そうということになりました。そして、ブランドコンセプトや商品コンセプトが体系的に紐づく形で、全体のプロジェクトに取り組んでいきました。

過去を紐解き、未来を言語化する —Luxuryの再定義

──ESTNATIONの理念体系を構築する前に、どのようなプロセスを踏まれたのでしょうか?

堀江:個人の感性や時代のトレンドをつなぎ合わせるのではなく、ESTNATIONの歴史やレガシーをしっかり捉えたいと思いました。創業から約20年の歳月の中で何を目指してきたのか、大事にしていた言葉や姿勢は何だったのか?それらを客観的に把握するため、創業のブックを読み込み、当時を知る多くの方々に聞き取りを行いました。まず事実を広げた上で、大田さんと経営のコアメンバーとして、やりたいこと、目指したいこと、そしてESTNATIONの過去・現在・未来を徹底的に話し合いました。その上で、自分自身の主観や感覚も混ぜ合わせながら、「こうあるべきだ」という形を作り上げていきました。

大田さん:印象的だったのは、創業当初のブックにある言葉を、今に置き換える作業です。当時の用語をそのまま使うわけにはいきません。5年、10年と続く中で浸透していくようなワード選びが必要でした。古くからいるスタッフが大切にしていた「Luxury(ラグジュアリー)」と「Hospitality(ホスピタリティ)」のような言葉を残しつつ、今の価値を作り上げるためのワードに置き換える。そこに相当な時間をかけました。

──Hospitality」「Luxury」という2つの用語が創業当時から存在していたとのことですが、その再定義には苦労があったのではないでしょうか?

堀江:まさにその通りです。「Hospitality」は時代を超えてもブレがない言葉ですが、「Luxury」は時代背景によってイメージが大きく変わります。バブル期の煌びやかなイメージを抱き続けている人もいれば、全く異なる捉え方をしている人もいる。つまり、社員それぞれで解釈がバラバラだったわけです。「ESTNATIONらしさ」を語るとき、みんなが違うことを言っていては次のステップに進めません。だからこそ、「Luxury」という言葉から逃げずに、もう一度しっかりと定義し直す必要がありました。

堀江:まず、残すべきものと捨てるべきものを取捨選択しました。「Luxury」と「Hospitality」はコアに関わるワードなので残す。ただ、それにまとわりついていた個々の主観や、当時のブックに多々あった言葉は、本質ではないと判断して整理しました。そして、「時代を超えてESTNATIONが存在し続けられるLuxuryの定義」を、改めて生み出すような感覚で作り上げていきました。

そのうえで、「本質的なLuxury」をコンセプトの中心に置きました。それは「Timeless(時を超えても輝き続けるもの)」と「Progress(常に進化し続けるもの)」で構成されます。つまり、ただのクラシックな高級品を売る店ではない。時を超える高級品もあれば、今でしかない、5年後には価値が変わるかもしれないブランドもある。また、高価なものだけがLuxuryではない。審美眼の下では価格はLuxuryの尺度にならない。それら全てを含むのが「ESTNATIONのLuxury」だと定義をしました。

さらに、情緒的価値として「知性」「色気」「物語」という三つの軸を据えました。ただ流行りに乗るだけのものではなく知性や品格を感じられるものか。男女それぞれの美しさを引き出す色気があるものか。物の作り手やブランド、商品に物語が宿っているか。これらが、大人のストアとしてエストネーションが品揃えるべき商品の基準です。

大田さん:このように、物質的価値と情緒的・精神的価値の両方が備わって初めて、Luxuryの本質が成立します。片方だけではダメで、この両輪を常に追い求めることが、私たちの使命だと定義しました。

ESTNATIONのコンセプト図

──言葉の関係性や構成に、かなりこだわられたそうですね。

大田さん:はい。ワードが先に出てきた中で、その考え方を紐解き、どうやって伝えて浸透させるかを考える——その構図づくりに、おそらく最も時間を費やしています。なぜこの形で構成されているのか、全てに意味があります。

堀江:例えば「The Fashion Empire」は、「Beauty(ビューティ)」「Variety(バラエティ)」「Excitement(エキサイトメント)」の3要素で構成されています。お客様が店舗を訪れたとき、この3つの要素を感じ取っていただけるかが重要です。

「Variety」という言葉には強いこだわりがありました。ファッション業界では「Variation(バリエーション)」という言葉がよく使われますが、それは同じ商品の色違いやサイズ違いを指します。特定の決まったお客様向けの、効率化に特化した品揃えです。しかし、大きな世界観を持つストアには「Variety」が必要です。同じものの横並びではなく、色とりどりで多彩な魅力を作る。それがESTNATIONの使命だと考えました。この言葉一つとっても、意味と論理が全部繋がっています。

理念を組織に根づかせる ——全社への浸透と外部発信

──再定義した理念体系を、組織にどのように浸透させていったのでしょうか?

堀江:企業理念、価値観、行動規範を含む一連の体系を約1年かけて完成させ、そこから全社員に向けた説明会を何度も開催しました。本社に集まる全員にスクリーンで説明し、全国の店舗も含めて本当に一人残らず説明を繰り返しました。現状を批判するような内容も含まれていたので厳しい話だったかもしれませんが、「これが正しい」という確信を持って伝えきりました。

大田さん:同時に、内部への浸透活動と並行して業界の専門メディアを含め外部に向けた発信も行いました。外部に発信することで従業員が「やっぱりいいことなんだ」と再認識し、より浸透していきます。新卒社員は内定者研修の頃からこの理念を学ぶので、今の20代スタッフと30代・40代スタッフでは理解度に歴然とした差があります。

──外向けの発信の一つとして、本も出版されたとお聞きしました。

大田さん:2000年のESTNATION創業者の志から今につながる全てを記し、「この理念を追い求めることで、お客様に高い価値を提供できる」というメッセージを込めました。継続していく中でスキルや能力が上がり、より高い価値が提供できる。だから、これを追い求めてほしいと考えています。

ブランドを体現する ——お客様への伝え方

──従業員が理念を理解していても、お客様への伝わり方は人それぞれです。どのようにブランドを具体的に伝えていったのでしょうか?

堀江:お客様への伝え方は、主に言葉ではありません。店舗、商品、スタッフの言葉遣いやスタイリング、ウェブサイトまで、全てを通じてお客様に伝えています。お客様が目にするもの全てが、ブランドの姿です。商品が変わり、陳列の仕方が変わり、店舗の雰囲気が変わる。言語化はしないけれど、「2年前、3年前のESTNATIONと今は違う。フレッシュで素敵だな」と感じ取ってもらえるものだと思います。社員が変わり、実際に提供するコンテンツに反映されていくには、タイムラグもあります。一部では成し遂げられているけれど、まだ追いついていない部分もある。そうやって少しずつ完成度が上がっていくものだと考えています。

大田さん:「Beauty」「Variety」「Excitement」が揃っていると、数値にも表れます。お客様の滞留時間は長くなり、買上率も高くなります。逆に欠けていると、魅力のない店になる。それが一目瞭然なので、スタッフひとりひとりが重要なテーマ、キーワードだと心得、実現を追い求めています。

ディレクター育成 —理念体系を次世代へ

──堀江さんは現在、ESTNATIONのブランドディレクター育成を担当されています。大田さんが堀江さんに依頼された狙いを教えてください。

大田さん:一つは、理念体系を作り上げた張本人から直接学ぶことの価値です。もう一つは、客観性です。社内の人間が直接的に伝えると、反発心が生まれやすい。でも、客観的な視点で示されると、理解が深まります。この2つの良い点を兼ね備えているのが、堀江さんでした。また、ディレクターには広い視野が必要です。幅広い経験を堀江さんから、どうフォーカスしていくかを学んでほしかった。大きな視野を持たないと、こうした理念体系は絶対に成し得ないと思います。

堀江:まず、理念体系がなぜ生まれたのか、その意味を作った張本人として語り、彼らの中に埋め込むことから始めました。次に、実際にコンテンツを作るプロセスを通じて、理念を体現してもらう。ディレクターは、品揃えや魅力づくりを一番大切にしなければいけない立場です。だから、頭でっかちにはしたくなかった。実際にやりきれるかをすごく大切にしました。

本質を追求し続ける ——時代を超えるESTNATIONの理念体系

──理念を浸透し続けるために必要なものは何でしょうか?

大田さん:美への追求、美意識だと考えています。本当に美しいものとは何かを考え抜き、24時間の生活の中で常に意識してほしい。本部の人間だけでなく、ベテランスタッフや新入社員でも、それがあるからこそ世界観が作り上げられます。店舗の裏側の業務連絡の紙が歪んでいたらそれすら気になるくらいの意識が必要です。一つひとつにこだわることが、価値を変えていきます。

堀江:今の時代、表層的に物やブランドが溢れています。だからこそ、求められるものがどんどん本質的になっていると感じます。自分たちの提供できる価値の根源を本質的に理解し、個人の中にも価値基準を持つ。ブランドが継続していくには、高いレベルで価値を提供し続け、それが時間となって積み上がり、お客様にとって信頼に値する存在になることが重要です。玉石混淆の世の中で、「自分たちはこうである」としっかり示し続けること。それを継続しきれるか、やりきれるかが、ブランドの未来を決めると思います。


プロフィール

大田 直輝(おおた なおき)|株式会社エストネーション 代表取締役社長 
1969年生まれ。福岡県出身。小売店の販売スタッフを経て、96年に大手セレクトショップに入社。店長、事業責任者などを経て、上席執行役員に就任。2018年4月にサザビーリーグ エストネーションカンパニーに転じ、24年4月分社化によりエストネーション社長に就任。

堀江 俊(ほりえ すぐる)|株式会社エディトリアル デパートメント 代表取締役
1999年にトゥモローランドに新卒入社し、2年間の店舗勤務を経て本社でブランド「Edition」の立ち上げに参画。メンズ・ウィメンズのバイヤー業務から事業部長まで一貫してブランド運営を統括し、2012年に退職。同年秋に株式会社サザビーリーグ入社後、エストネーションのクリエイティブオフィサーとして7年間ブランド戦略を牵引。現在はエディトリアル デパートメントの代表取締役として、ファッション・ライフスタイル領域で、ブランドの設計・ディレクションと自社ブランド運営を手掛ける。

 

 

 

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